『幸色のワンルーム』のテーマに隠された、「虐待」について
『幸色のワンルーム』のテーマに隠された、「虐待」について
気がつけば1ヶ月以上放置してました。
オフの多忙ゆえ、ご容赦下さい。
さて、今回は表題の通り、版権の話題。
でも、作品のテーマを読み解く練習には十分良い作品だと思いますので、よろしければお付き合い下さい。
諸注意
- なお、6/26~30にかけてTogetterでセルフまとめしたものをベースにしております。
そのため、今後も加筆の可能性がございます。 - 本記事は「誘拐」「ストーカー」「虐待」「性的暴行」「いじめ」のいずれも肯定するものではありません。
また、そのどれか1つだけを非難するものではありません。
概要
- 「誘拐」はメインテーマではなく、本当のテーマは「居場所」なのではないか
- 『万引き家族』との類似点
- 物書きとしての視点(「誘拐」と「虐待」(など)の対立)
- 「マズローの欲求5段階説」との関連
- 「無敵の人」と「幸せな仮初めの家族」
- 「家族になる契約」
「誘拐」はメインテーマではなく、本当のテーマは「居場所」なのではないか
当初は、冒頭を読んだだけのほぼノータッチだったのですが、以下の記事と、この放送中止という事実に対しての批判ツイートを見るようになり、連続ツイートで語っていました。
そもそも、原作冒頭から「誘拐されているのに、それを受け入れ、本来の家族の元へ戻ることを拒んでいる」描写があるのを知っていたので、この放送中止のニュースには驚いていました。
あらすじの時点で、読み取れるものもあります
公式サイトのあらすじも確認してみましょう。
引用元: 幸色のワンルーム 公式サイト (7/1確認時点)より
中学2年生の少女が失踪し、行方不明のまま1週間が経過。警察は少女の行方を追い、捜査を続けている。そんなニュースを、とあるワンルームマンションで見ている男女がいた。当事者の14歳の少女と、銀髪でマスク姿の男。少女の体には無数のアザがあり、頭には包帯が巻かれていた。家庭での暴力や学校でのいじめから、少女は生きる意味を失っていた。そして少女から「お兄さん」と呼ばれていたマスクの男もまた、生きる意味を見失っていた。
「少女」の受けたものを、ここから挙げてみます。
- 無数のあざ、頭の包帯
- 家庭での暴力
- 学校でのいじめ
ここには「誘拐」の文字は出てきません。7/1に確認したものなので、削除された文言もあるでしょう。
しかし、原作では「誘拐」という言葉は確かに出てきます。
「誘拐」という表現に問題を感じた人は、修正前の文言で確認したのでしょうか。
とはいえ、ここではそちらに重点を置いた話は割愛します。
先ほど挙げたものには、「虐待」「いじめ」と取れる表現があります。
これは、問題にはならないのでしょうか?
原作冒頭も読んだ時点では、以下のようになります。
- 「社会」が少女に行ったこと
- いじめ→暴行?(学校)
- 性的暴行(教師)
- 虐待(家庭)
- マスク姿の男(以下、作中の「お兄さん」で統一)の行ったこと
- ストーカー
- 誘拐
「お兄さん」が行ったことは、法律上、確かに犯罪でしょう。
一方で、「社会」が行ったことは、犯罪ではないのでしょうか。
「学校」や「家庭」の中だから、「社会」にバレていないから「犯罪では無い」のでしょうか。
もし、この作品を批判する方が、ここまで読んだ上で批判なされるなら、この問いにどうお答えになるかが気になります。
物書きとして見たとき、対立するテーマがあると思いました
「少女」について話を整理しましょう。
原作を少し読んで、「少女」が誘拐されてむしろ喜んでいる、という点に着目します。
- 「少女」は、家庭で虐待、学校でいじめ、教師には性的暴行を受けていた
- 誘拐されたことで、それらを受けることはない、「安全」を手に入れた
(「お兄さん」は、「少女」に危害を加えない、かつそこから救ってくれた恩人である) - 「お兄さん」(誘拐犯)が捕まることは、「安全」な生活の終焉である
当然、「誘拐」が批判されるからには、「誘拐犯から危害が加えられる」ことを想像するでしょうけれども、この作品では違います。
そして恐らく、「誘拐」というテーマを扱うにあたって、以下の二項対立に整理できます。
- 「誘拐」「ストーカー」など、犯罪を許容する「幸せな」「仮初めの家族」としての生活
- 「虐待」「いじめ」「性的暴行」を受ける、「不幸な」「本来の家族」としての生活
そして、これらは、「居場所」「幸せ」をどちらに求めるかというテーマなのではないか、と思います。
類似する作品、映画『万引き家族』
あらすじを持ってこられないので、簡単に。
- 「犯罪でしか繋がれない家族」が主人公
- 「祖母」の年金を頼りに、足りない生活品を万引きで補っていた
- 「父親」が、団地マンションのベランダで寒さに震える「少女」を見つけ、かくまう
当然、「社会のルールから逸脱した家族」の話なので、どこかでほころびが出来てしまうでしょう。
しかし、それでも家族として幸せそうな関係をこの映画にみたような気がしました。
そして、これもやはり、以下のテーマに絞れます。
- 「万引き」で生活を補う、「幸せな」「仮初めの家族」としての生活
- 「虐待」を受ける、「不幸な」「本来の家族」としての生活
それぞれの「少女」について、マズローの欲求5段階説に当てはめてみた
上記に詳しく載っていますが、こちらでも。
- 生理的欲求: 「性」「食欲」「睡眠欲」、また生命維持に必要なものを欲すること
- 安全欲求: 「身体」「地位」「不安などからの解放」「法などからの保護」など、身の安全に関わること
- 社会的欲求: 何らかの集団(家族、友人など)から認められ、所属すること(→「居場所」)
- 承認欲求: 「自尊心」や「他社からの尊敬」を求める欲求
- 自己実現欲求: 「自分らしさ」に対する欲求
上記の解説では、「必ずしもこの1→5への順番通りに満たされる/欲求が生まれる訳では無い」ということも付記しています。
ここまでに挙げた2作とも、おそらく2と3が逆転して、「13245」の順番になっていると思います。
なので、「居場所」を確保した上で、「社会」の中で生き抜く手段を見つけようとしている、という共通点があるように感じます。
「無敵の人」と「幸せな仮初めの家族」
とはいえ、もう少し前(多分、として「なろう系初期」と挙げましたが確信が無く)だったら、「虐待を受けていた少女が、真っ当な人達に救われ、幸せを手に入れる」というテーマでも十分だったと思います。
しかし、そうではなく、「多少犯罪に手を染めている人でも、自らにとって安全・安心をもたらす人なら、救世主となり得る」という筋書きになっています。
それはきっと、「きっと真っ当な救いはないんだ」という諦めが、物語として受け入れられていたのではないかとも思います。(もちろんそれだけではないでしょうけれど)
当然、犯罪を肯定するものでは無いとしても、まず「自らの安全」「居場所」を手に入れようとする物語であることを、念頭に置かねばなりません。
無敵の人、と少女との共通項
一方で、言ってみれば、『幸色のワンルーム』の少女は、ある意味で「無敵の人」となり得たかもしれない、とすら思います。
無敵の人にとっては犯罪を起こす事など何の抵抗もなく、逮捕されることは社会からの追放ではなく「まぁいいか」程度の環境の変化に過ぎず、死刑を課したところで「生きることに執着していない」ため、自殺の手伝いにしかならない。寧ろ「自分が本当に警察ほか多くの人間を動かして見せた」事にこそ満足感や充実感を覚える無敵の人にとって、逮捕は予定調和のゴールに過ぎない。
漫画作品としても検索に出ますが、ここではネットスラングとして。
つまり、「無敵の人」の要素としては、
- 居場所がない(職など、社会的地位がない)
- 財産が無い
- 犯罪に対する抵抗感が無く、むしろ「社会を動かした」という優越感さえ得る
ということになります。ここで、
少女は、ある意味で「無敵の人」となり得た
としたのは、以上の
- 居場所がない(職など、社会的地位がない)
- 財産が無い
の2点に当てはまっているのではないか、と思ったからです。
もちろん完全に一致はせず、社会に対して直接的な「害」をなしてはいないので、該当しないわけですが、これだけの共通点があり、一歩間違えばあり得た話ではないでしょうか。
「幸せな仮初めの家族」を見つけたから、「少女」はそれで良いと思った
しかし、作中の「お兄さん」に誘拐され、自身としてはきっと「保護」されたような気持ちなのだと思います。
「安全欲求」、そして「社会的欲求」が、一時的に満たされたことになるでしょう。
不幸にしかならない「本来の家族」を捨てて、ひとまずの、仮初めの家族を手に入れたわけです。
「家族になる契約」と「役割」
赤の他人同士が家族になる、というテーマは、『幸色のワンルーム』も『万引き家族』も共通していると思います。その上で、『犯罪』が「身の安全」「居場所」のために利用されているようにも思います。
他方で、今度は「役割」の話。(とはいえ、良作なので並べて比較するのははばかられるところはありますが)
犯罪は関係無いにしても、ルールから少し外れた見方の出来る作品もあったな、とこの話をまとめているときに浮かんでいた作品があります。
『逃げるは恥だが役に立つ』
参考: pixiv百科事典
テーマとしては「就職としての結婚」(契約結婚)というお話。
夫は「雇用主」で、妻は「(恋愛と家事を取り持つ)従業員」という「役割」を果たす契約を行う、というあらすじです。
実際は、割とパロディ多めのラブコメ要素の多い作品だったそうで、EDのいわゆる「恋ダンス」は大ブームになりましたね。
家族という「役割」
さて、本筋としては「役割」の話。『逃げ恥』では、「夫」「妻」という役割を果たす契約でしたが、こういう「家族としての役割」を果たすために「契約」「約束」するという共通点があったのではないか、とも思います。
結婚の多様化、だけではなくて、より「個人」が集まって、集団の中で「役割」を果たすという方向性が、受け入れられつつあるのかも知れません。
「家族だから当たり前」と思っていたことが、人によって違う時代になってきたように思います。
これは、たとえば「イクメン」とか「男性による育児休暇の取得」など、男性を取り巻く環境が急激に変化しているのも、共働きが増えるようになって、家事の分担をせざるを得ない(が、配偶者によっては協力を得られない)状況が浮き彫りになっているからだと思います。
それゆえ、「役割」を強調した作品が増えてきているのだと考えます。
それは、『幸色のワンルーム』も『万引き家族』も同じで、 「家族という役割」を、お互いが果たして「居場所」を作ろう、というテーマだったのではないかと思います。
まとめ
最後に、『万引き家族』で印象に残ったセリフについてのツイートを載せ、
『幸色のワンルーム』の少女についてまとめて、終わりとします。
補足。ネタバレになるかも。
— うらひと@C94文芸島 (@Urahito_sousaku) 2018年6月16日
台詞は少しあやふや。
「母親なら子供が大切でしょう?」
と
「親を自分で選べたら絆がもっと強くなる」
という対極的に聞こえる台詞が、凄い刺さった。
少女の置かれた環境
- 「少女」は、家庭で虐待、学校でいじめ、教師には性的暴行を受けていた
- 誘拐されたことで、それらを受けることはない、「安全」を手に入れた
(「お兄さん」は、「少女」に危害を加えない、かつそこから救ってくれた恩人である) - 「お兄さん」(誘拐犯)が捕まることは、「安全」な生活の終焉である
マズローの欲求5段階説に即して
- 生理的欲求: 衣食住は、どちらの家庭でも満たされてはいる
(「お兄さん」の方がまともな食事である) - 社会的欲求: 「お兄さん」に誘拐され、安全な「居場所」を見つけた
(それゆえ、元の生活に戻ることを拒んでいる) - 安全欲求: 「身体」「地位」「不安などからの解放」「法などからの保護」など、身の安全に関わること
(身の安全は確保されているが、法からの保護は受けておらず、元の生活への不安と隣り合わせである) - 承認欲求: 現時点で該当なし
- 自己実現欲求: 現時点で該当なし
家族という「役割」
- 「少女」は、身の安全を確保してくれた「お兄さん」を信頼している
- 家族という「役割」を果たすこと、また『幸色のワンルーム』『万引き家族』では身の安全を「約束」している
- 「少女」は「ワンルーム」とその周辺の限られた世界の中で暮らしているが、この「役割」「約束」が崩壊することは望んでいない
原作リンク
幸色のワンルーム(連載)
幸色のワンルーム(コミック)
- 作者: はくり
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- 発売日: 2017/02/22
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万引き家族(ノベライズ:小説)
- 作者: 是枝裕和
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逃げるは恥だが役に立つ(コミック)
- 作者: 海野つなみ
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